パウンドケーキの店 トタン屋根のケーキ屋 ア・ラモート
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トタン屋根の小屋で 焼いていた最初の、
気持ちを忘れないために・・・
 
  新本 高志(あらもと たかし)  
昭和30年(1955年) 大阪藤井寺市生まれ。
その後、養護施設で育つ。 17歳の時に北海道へ。
昭和46年(1971年) 短歌を通じて知った故・三浦綾子さんにどうしても会いたく雪道を歩いて訪ねる。
「人生はなぞに満ち、見えない糸に操られている。頼れるのは、自分、一生懸命に生きなさい」と言葉をいただく。
  日高門別の牧場で、朝5時に起き、氷点下20−30度のなか夜中まで働く生活。苦痛には感じなかったが、これからどうなるんだろうか?という不安に襲われる。
 
昭和48年(1973年) 2年間の北海道生活に別れを告げ、今度は船乗りになる夢を抱き、沖縄へ旅立つ。
  オイルショックの中、仕事がなく、沖縄定住を断念。
昭和49年(1974年) 手持ちの全財産で熊本にたどり着く。 年に一度クリスマスの時に施設で食べたケーキの味が忘れられず、熊本の洋菓子店に就職。仕事に厳しい親方のもと修行に励むが、焼いても焼いても、商品にならず、作ったケーキが捨てられていくのが、つらくてつらくて耐え切れず4年でやめる。 今思えば、一人前の職人に育てようとする親方の指導だったが、その時の私には、分からなかった。若気の至りでした。
  (9年後、その親方とばったり出くわし、「おい、頑張れよー!」と声をかけていただき、路地裏でひとり号泣。尊敬と感謝の念で一杯です。)
昭和59年(1984年)

心の中で葛藤が続く。何のためにケーキに打ち込んできたんだ・・・
ある日の仕事帰り、トタン屋根の小屋が目に入り、「トタン屋根」「小屋」「自転車」「売りまわる」−体に電流が走った。
店の仕事が終わった後、深夜から明け方にかけてケーキを焼き、週に一度赤い自転車で売りに出始める。売切れるまでペダルをこぎ、植木、立田、三里木と周り、気がつけば阿蘇一の宮、 高森(片道直線距離で40km)まで行ったことも。

平成3年(1991年) ケーキ一筋に。週に2回売りにいける喜びで胸いっぱい、商売服のホワイトコートを着て、ペダルをこぎ、御船、八代、天草、菊池、玉名等も回りだす。
平成5年(1993年) 現在の店舗、トタン屋根のケーキ屋「ア・ラモート」オープン。 今も、荷台に木箱5段重ね(重さ120kg)し、自転車販売を続ける。
  県内の小中学校や各種団体主催の講演会でお話しさせていただく事もあります。
主な訪問先

阿蘇方面
(大津、一の宮、高森、矢部、御船、甲佐)

西
天草方面(大矢野、本渡、牛深)

人吉方面(宇土、八代、人吉)
菊池方面(菊池、山鹿、植木、玉名)
 
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